マルグリット・ロン最後の高弟サンソン・フランソワは，無類の酒・煙草好きであった。稀に見る天才肌で，録音はほとんどが一発録りだったとされる。そんな彼らしく，気が乗らない時の演奏は酷いものであったが，ひとたび興に乗ったときの演奏は，譜面を読んでいるとは思えない独創性と自由奔放さを備え，古今東西，いかなるピアノ弾きにも求め得ぬ独自の閃きに満ちたものであった。酒好きがたたり，彼は1970年に入ると同時に，あっけなく世を去る。しかし，幸運にも最晩年にラヴェルとドビュッシーの録音をまとまった形で遺していった。確かに，先に録音されたラヴェルに比して，死の直前まで続けられた彼のドビュッシーは，出来にかなりむらが多いのも事実だ。しかし，そうした欠点を補ってもなお，彼の天!才的な即興性は聴くものを引きつけて止まない独自の魅力に溢れたものである。彼のドビュッシーは現在，３枚からなるＣＤに分売されているが，出来に関してはこの第二集が傑出しているのではないだろうか。わけても『映像』における霊感溢れるタッチ，『アラベスク第２番』におけるリズムのゆらぎの神懸かり的なセンスの良さは，いまだ孤高の境地にあって余人の追随を許さぬものと思う。間もなく，彼の死後半世紀を経過する。だが，これほどに奔放な感性の閃くドビュッシーは今なお出ていないし，今後も恐らく，出ることはないだろう。