異邦人 (新潮文庫)
カミュ自身、「異邦人」の英語版に寄せた序文で、次のように語っている。
「お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかにないということである。ムルソーがなぜ演技をしなかったのか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ」
これが答えなのである。若いうち、特に青少年期にこの本を読めば、なぜムルソーがこれほどまで無関心でいられるのか、おそらくわからない。だが、成長する過程での長い時間と経験こそが、カミュの言わんとしたことを理解する手助けとなるのである。
私も去年身内を亡くしたが、どれだけ絆の深いものでさえ、その死に直面してしまうと意外に淡白に感じられるものだ。葬儀や火葬、お通夜など、肉親の死であるというのに、冷徹かつ客観的に眺めている自分の姿がある。これは何も感受性に乏しくなったということではない。これが人間というものなのだ。
その場所でのお悔みや親戚縁者の慰めなど、その場にいた私にとっては何の意味もなさぬものだった。それが泣きじゃくった司祭の姿を通してみればわかるだろう。神の祝福も懺悔も、ただの芝居にすぎぬことを。だからこそムルソーをいらだたせる。
ただ淡々と進む別れと過去の思い出を頭の中で反芻し、そして自分なりに解釈を付けて死者を送り出す。だが、その情景は曖昧で繊細なものなのだ。ムルソーの、一見すれば主体性がないかのような受動的に見える思考や振る舞いも、それを如実に物語っている。そして、いずれは私もそのように送られることだろう。
殺人を犯したのは「太陽のせい」と語った。しかしそう語る彼をだれが嘲笑うことができよう。地球上に降り注ぐ強烈な日の光こそが、彼が彼足りえる原動力となっていたのだから。
L'etranger
場所は北アフリカ、しかし物語にはフランスが満ちあふれています。物語はミステリーのように進み、アフリカのフランスがひとつひとつの文章から沸き立ってくるのです。太陽と海のキラキラした光景が人を狂わせます。主人公は1人だけの生活に漂って突然の事件にほんろうさせられます。彼は嘘がつけません。日々の潤滑油になっている嘘がつけないために主人公は社会から疎外されます。私はこの物語が小説というより神話のように思えてしょうがありません。そして、これは私の大切な物語になりました。私はママンが死んだ養老院を遠くから見た時、ムルソーはここまでアルジェから通っていたのだと思いました。
変身 (新潮文庫)
家族はなぜ「虫」になったグレーゴルを嫌ったのか。
「虫」だからではないような気がする。
もう働くことができないから。お金を稼ぐことができないから。
大黒柱でないから。醜い姿だから。
多くの人は、『本当の自分』と『建前の中での自分』を持っている。
そして、対象に、『建前を崩し、「対象にとっての自分」としての姿』を裏切ったとき、もはやその人物は対象にとって、『その人物』ではなくなり、まったく別の対象になるのではないだろうか。
「変身」して「もうひとつの自分」となってしまったグレーゴルは、
もはや家族にとって兄ではなく、忌むべき存在だったということであろう。
NEW LIVE DVD “MIDNIGHT DEJAVU 10th ANNIVERSARY at 東京キネマ倶楽部”
このDVDは、やばいっすね!!
客の歓声、拍手が臨場感を味わわせてくれます!
で、イントロというかショータイム!!の音が鳴った瞬間、テンションがあがります。
ベースの音だけで、こんなにも乗せていってくれるのかい?ああ!
ステージの明かりもステキだなあ。
なんだろう。目が覚めました!!
全編通して、雰囲気がすごくいいです。大事ですよね、雰囲気って。
ライブに行けなかった事を残念に思い、このDVDを楽しんでいます。拍手。
L'Etranger (Collection Folio, 2)
マスマーケットというのは、ペーパーバックの1種類で、
縦長の文庫版のようなものです。
つまり、通勤中の持ち歩きに最適。
内容は言わずもがなですが、
電子辞書を片手にフランス語学習する人に最適ではないかと思います。
小説に複合過去を多用したのはこの小説が初めてだったそうで、
それだけに、複合過去と半過去、単純過去の使い分けを学ぶにとても良い!
当然ながら日本語版を読むより味があり、買って損のない1冊と思います。