メルカトルかく語りき (講談社ノベルス)
最初の短編を読み終えて、あっけに取られた。え?これで終わり?と。正直もやもやとした気分が消えず、釈然としない時間を過ごすはめになった。
なぜならミステリにおける基本構造の一要素を完全に無視したまま、話が終わってしまったからだ。実験的なストーリーを作る作者と知っていてもなお、面食らった。
しかし読み進めていき、そういうコンセプトのもとで作られた短編集だということが分かってくると、がらりと印象が変わった。
まず、基本構造の一要素を完全に無視することで、より一層、銘探偵メルカトルの性悪さが際立つ結果になっている。そのため美袋とのやり取りが他のシリーズと比較しても面白く、より楽しめるものになっている。そうすると、これはこれでありかもと思えるようになった。
また、逆説的にメルカトル以外のいったい誰が、このコンセプトの短編集で探偵役を務められるのかと考えると、他の誰にもできるわけもなく、銘探偵メルカトルシリーズの短編集としては、この話でもありという判断に落ち着いた。銘探偵とはよく言ったものだ。
実験的な要素とメルカトルの性悪さを堪能できたので個人的には☆5つだが、万人には薦められないので☆3つ。
隻眼の少女
注:ただし、巫女ではありません!!
あらすじ
古式ゆかしき装束を身にまとった少女探偵・御陵みかげ。
彼女の初舞台は因習深き寒村で発生した首切り連続殺人。
名探偵だった母の跡を継ぎ、みかげは事件の捜査に乗り出すが。
感想
エグイ。しかも丁寧懇切にエグイ。
この表紙からして一つのトリック。
そんじょそこらの騙された、は目じゃありません。
美少女探偵、彼女に惹かれるワトソン。
ある種オーソドックスな話の型だと思います。
その分かりやすい誘導に乗って読み進めると・・・
やはり一筋縄ではいかない作者。
探偵という存在に揺さぶりをかけてきます。
あの有名な問題を上手くあしらって読者を困惑させ
最後には欄外からの複合技で読者を滅多打ちにします。
ワトソンの目を通して世界を眺めるしかない読者に
この謎の難度は相当高いと思います。
今年の一位はだてじゃない。
感想
待ち過ぎて、存在を忘れてました
夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)
雑誌編集者の如月烏有は、助手で女子高生の舞奈桐璃と、日本海に浮かぶ
孤島「和音島」で行われる、ある人物の二十周忌の取材に行くことになる。
真夏に雪が降り積もった朝、彼らは断崖のテラスで島の主の
首なし死体を発見するのだが、周囲には誰の足跡もなかった……。
著者のみならず、九十年代初頭における新本格最大の問題作。
特に前述した《雪密室》にたいし、著者が示した解法は、あまりに奇想天外であるため、
生真面目なミステリ読者には到底受け入れられず、非難と嘲笑の的となると思います。
それにも増して読者を唖然とさせるのは、ヒロインの舞奈桐璃でしょう。
萌えキャラ的人物造型であるため、年配の読者には、それだけで生理的嫌悪の
対象だと思われますが、それのみならず、終盤には彼女にまつわる不可思議な
秘密が、十分な説明を伴うことなく、唐突に明かされることになります。
あまりに一方的で、読者を置き去りにしているといえます。
(ただ、叙述の表現形式によって一応の伏線は張られている)
ほかにも、解明されずに放置される謎がいくつかあるのですが、結末で登場する、
メルカトル鮎の一言が示唆する事実だけを残し、物語の幕は下ろされてしまいます。
要するに本作は、一種のリドル・ストーリーであり、いわゆる普通の謎とその
論理的解明を骨格とする狭義の本格ミステリには該当しない作品なのです。
しかし、だからといって本作が駄作であるとはいえません。
本作以降、本作の趣向だけを安易に模倣し、ガジェットに淫して
謎解きを放棄した作品が陸続と世に出ました。そのほとんどは
センスと教養のなさを露呈するという残念な結果に終わっています。
いみじくも本作のテーマであるキュビスムの絵のように、
本物と凡人の落書きとでは、おのずと違いがあるのです。